めざめ はなやぎ 朝もよう:はなたば

朝起きて恋人の気配がしないのは、新一にとって決して珍しいことではない。けれどもいつもと違った景色に見えるのは、まさしく此処が普段二人の暮らす部屋ではないからである。
東都湾の沿岸に建つ五つ星ホテル。二十八階の高層階ジュニアスイートは、広く割いた窓からのオーシャンビューが特徴の部屋だ。部屋の真ん中には真っ白なシーツのキングサイズのベッドが鎮座している。
宿を決めたのは快斗だ。予約サイトを楽しげに眺め、新一が事件を思案しながら相槌を打っている間に予約が済んでいた。鼻歌を歌いながらソファの後ろから抱きついてきた恋人は至極ご機嫌であった。

「……うお、よく晴れてる」

音を立ててカーテンを開けば、東都湾岸のさわやかな風景が眼下いっぱいに広がった。陽の光が水面に反射してきらきらと光り輝いている。快晴だ。
二人の生活において、朝、部屋のカーテンを開けるのは主に快斗だ。快斗が国外にいるときはその限りではないけれど、シャッと布をはためかせる音、窓辺から差し込んでくる光、『うわー今日も良い天気だな!』と楽しげに天候を告げる快斗の声。それらがすべて新一の目覚まし時計なのである。
快斗の腕の中で眠りについた新一だが(同時に快斗のことを抱き枕にしていた)、目が覚めたらひとりきり。とはいっても別に置き去りにされたわけではなく、明確な理由があった。
その前に、なぜ快斗がただの平日に自宅ではなくホテルを取ったのかを説明せねばなるまい。とはいっても至極単純だ。ひとつ、ベッドの正面に大型テレビがある部屋だということ。ふたりの暮らす工藤邸の寝室にはテレビがなく、起き抜けに寝転がってテレビを見ることは敵わない。
そして、もうひとつ。ひとりぶんの体温と、もうひとりのかすかな体温と香りが残るベッドにぼふりと戻った新一は、ベッドサイドに置いてあったリモコンでテレビの電源をつけ、チャンネルを合わせた。
朝の情報番組の生放送。明るく爽やかな色調のスタジオ、軽快な音楽に誘われるようにして、ちょうどひとりの男が姿を現したところだった。白を基調にしたジャケットに、ブルーグレーのインナー、そして白のスラックス。朝らしい色合いに、けれども新一はいつかの夜を感じ取って笑った。

『本日の特別ゲストは、世界的に大人気のマジシャン、黒羽快斗さんでーす!』
『どうも、よろしくお願いします』

朝七時を回ったところだというのにしっかりとセットされた髪を楽しげに揺らし、テレビの中の男は両手で楽しげに番組オリジナルのポーズを決めた。
もうひとつの理由がこれだ。本日、黒羽快斗は生放送の朝の情報番組の仕事が入っていた。
このホテルは日売テレビのご近所に建っている。同じ時間にテレビ局入りするとして、汐留に近いこのホテルと米花町では、家を出る時間はかなり異なるだろう。
つまり、快斗は本番ぎりぎりまで新一を抱きしめて眠れるし、放送終了後もすぐ戻ってこれる。新一も起き抜けに広いベッドで転がりながら恋人の出演するテレビ番組を見れる。互いにwin-winなんだぜ、とは今回の予約を取った首謀者の言葉である。

『黒羽さんを交えて、今日も楽しく放送していきます! それではいきましょう、せーの!』

番組名に併せて、出演者みんなでハートを作る。そのなかで快斗のくちびるだけが、ちょっと違った形に動くのを新一は見逃さなかった。苦笑してしまったのは言うまでもない。

(Good morning, my dear!)

「……ったく、生放送でなんてことしてんだテメーは」

そんなわけで、新一は三連休初日の朝を東都湾沿岸沿いのホテルで迎えたのであった。




テレビから聞こえる楽しげな声に応えるように、備え付けのコーヒーマシンがこぽこぽと音を立てている。ひとまず目覚めの一杯にしようと、コーヒーを淹れることに決めた新一だ。ふたりの家にあるものとは異なるカプセル式のコーヒーを味わうのもまた一興というものである。雑貨屋のディスプレイのように綺麗に並べられたポーションの中から深い茶色のものを手に取った。アメリカーノリッチアロマ。明るい茶色のポーションが一つ無くなっているのを発見して、思わず笑ってしまった。あいつ起き抜けにココア飲んだのかよ。甘党め。
マグカップいっぱいに注がれたコーヒーを持ってベッドサイドへと戻る。ちょうどCMが明け、スタジオの映像に戻ったところだった。

『はい、それでは改めて本日のゲスト、黒羽快斗さんです! どうぞよろしくお願いします』
『よろしくお願いします! いやー、ちょっと緊張しちゃいますね』
『全然そんなふうに見えませんよ! さて、では最初に簡単に、黒羽さんのプロフィールを紹介します。もう知ってるよ! という視聴者の方も多いと思いますが、お付き合いくださいね。それでは、VTR、スタート!』

画面がスタジオから切り替わる。流れてきた映像は新一もよく知るものだった。恋人がプロマジシャンとしてそのキャリアの始まりを華々しく飾った、国際的なマジックコンクールで優勝したときの映像だ。
朝の情報番組らしい、明るい声色のナレーションに載せて紹介映像が進んでいく。偉大なマジシャンを父に持ち、自然とマジックの道を志したこと。マジックの腕だけではなく頭脳も明晰で、日本の最高学府を首席で入学・卒業したこと、先程のマジックコンクールは在学中に出場したものであること。大学卒業後から本格的にマジシャンとしての活動を開始し、マジシャンとしては異例の世界ツアーを毎年行い、チケットは毎回完売することなどが取り上げられていた。
世間から見れば、輝かしくそして華々しい経歴だろう。成功が約束されている人間だと思う人もいるかもしれない。
ーーけれど、新一だけは知っている。彼が嘗て東都の夜を魅了した月下の奇術師であったことを。自らの心に向き合い、自分の意思で父の跡を継いで犯罪に手を染めることを決めた男であることを。そして、夜の顔を眠りにつかせてから、ただひたすらにマジックを磨き、光の道を歩んできた男であることを。
ずっと見てきたのだ。境界線の向こうから、そして隣から。ワイプからVTRを見つめる恋人は、どこかやさしい瞳をしていた。
街の人の声を交えてプロマジシャン黒羽快斗の人となりも紹介しつつ、VTRは終わった。スタジオから拍手が湧きあがるのに、快斗は軽くお辞儀をして応えていた。

「……というわけで、いやあ、それにしてもすごい経歴ですね!」
「へへ、ありがとうございます。こんな素敵なVTRを作っていただいて」

司会者の称賛を軽く受け流し、あ、そういえば、と画面越しの恋人は宣った。

「僕としたことが。ご挨拶を忘れていました」
「え? 先程もされていませんでしたか?」
「ああ、いやいや、そういうことではなくて」

恋人はニッと人を食った笑みを浮かべた。口端がにんまりと上がるのを見て、新一も思わず笑みを深くしてしまう。カメラは顔のアップ、スタジオにいるアナウンサーたちも彼の表情の変化に見入っていることだろう。だから気付かない。そのうしろ、手のひらのなかで魔法の種がむくむくと育っているところに。
まあ、気付いたからと言って見切れるわけではないんだけどな、あいつの場合。

「改めまして、マジシャンの黒羽快斗です! スタジオの皆さんもテレビの前の皆さんも、短い間ですがよろしくお願いします!」

ポン! と軽快な音がして、快斗の腕の中には色取り取りの花が生まれた。そんな大きなものを隠せるような場所はどこにもなかったのに、だ。
恋人の十八番、花を出すマジックだ。余談だが、昔からの自己紹介の定番とも言っていたそれは、新一と暮らすようになって大幅にアップデートされた。よく花を買って帰ってくるのだ。おかげで男二人だけれども、家のなかは華やかな色彩で満ちている。

「えええ! すごい!」
「マジック生で見たの初めて!」
「え!? 一体どこから……!?」
「それは言えませんねー! マジシャンがタネを明かすわけにはいきませんから」

一気に沸いたスタジオ。出演者たちの追求をさらりと躱してマジシャンは楽しそうに笑う。一気にスタジオを自分の空気にした手腕に、あたたかいコーヒーを飲みながら新一は思わず笑ってしまった。お前ゲストだろ。

「いやー、全国の皆さん、朝から素晴らしいマジックが見れましたね! 今日は間違いなくいい一日です!」
「えっ、もう番組締めるんですか? 僕まだ出てきて五分なんですけど」

番組の締めの一言に似た言葉を発したアナウンサーに、快斗がきょとんとした顔で突っ込む(絶対にわざとだ。世間はあまり知らないが、快斗はいい性格をしている)。そんなわけないじゃないですか! まだ七時十分ですよ! とアナウンサーが叫んだことで、またどっとスタジオが笑いに包まれた。

「えー、こほん。さてさて、では今日は黒羽さんも交えて皆さんに情報をお伝えしていきましょう。次のコーナーはこちらです!」

アナウンサーの声に合わせて画面が切り替わる。スタジオメンバーは小さなワイプの中で着席していった。快斗も促されて席に腰掛ける。

『三連休の穴場スポットは!? おすすめの過ごし方、大提案します!!』

明るい音楽と共に始まったVTRと、その内容のタイムリーさに、新一も思わずベッドの上で姿勢を正した。新一にも無関係な話題ではなかったからだ。というか、昨夜もした話題だった。




「しーんいち、明日からどっか行きたいとことか、やりたいこととかある?」

夕食から帰ってきた部屋でベッドにごろんとダイブしながら快斗が切り出した。同じく随分と重たくなった腹を慎重に横たえながら思案する。が、その前に。

「おめー明日生放送なんじゃねえの?」
「だーから、それ終わった後ってことだよ」

七時台までの放送で、その後はお疲れ様会とかもなくすぐ返してもらえるってことになってるし。このホテルにはテレビ局から十五分もありゃ着くわけだから、実質一日一緒に過ごせるわけだろ? 朝ごはんも一緒に食べれるしな。
と、寝返りを打ちながら快斗は満足げな笑みをこちらに向けてくる。そのまま大きく腕を広げる仕草を見せた。こっちに来いということである。特に断る理由もないのでそっと体を寄せればがばりと抱きしめられる。あたたかい体温と、爽やかなコロンと、そして快斗自身の香りがした。

「一日だけか?」
「まさか! 三連休ずっと。それに俺のオフは二週間あるのでゆっくり過ごせますよ、新一が事件に当たらなければな」
「そりゃあ俺の責任じゃねえだろ」
「そうだけどぉ!」
「それにオメー、事件でも付いてくるじゃねえか」

そうなのだ。大学の頃から事件に遭遇した時に隣にいることが多かった快斗は、結婚する前も後も変わらず、警察の皆様と懇意にしている。おそらく新一に近しい警察関係者にとっては、快斗は今も『世界的プロマジシャン』ではなく、『新一の親しい友人から恋人になって更には旦那になった頭の切れる快斗くん』なのだろう。
実際、事件現場での快斗の存在は、新一にとって心強いものだった。
無論、探偵は自分だし、謎を解くのも自分だ。けれど、あと一歩の糸口が欲しいとき、仮説の裏付けが必要なとき。探偵が大きな声で誤った推論を口に出すことは許されない。そんなときに頼れるのがこの男だった。
ほんの少しの言葉で、表情で、指の動きで。快斗はいつも新一の要求を正確に読み取って、その通りに動いてくれた。元々の裏稼業のこともある、新一とは違う方向から真実に辿り着くのに長けた男だったけれど。

「俺がいた方が事件解決が早まるんだったら、そりゃあ協力するってもんだろ」
「その方が俺と一緒に過ごせるから?」
「そゆこと。新一を事件にばっか取られてたまるかっての」

ちゅ、ちゅ、と軽いリップ音が耳に響く。後ろから抱き竦められて、横顔にキスを落とされているのだ。一昨日帰国してからというもの、どうにも快斗は新一のそばを離れようとしない。
まあ、新一自身もそれが嬉しいと心のどこかで思っているから、されるがままなのだけど。

「行きたいとこに、やりたいことねぇ……」
「なんかない? どっか観光に行くとか、逆に人里離れた温泉に行くとか」
「再来週発売の新刊がいち早く読みたい」
「それ俺に言ってもどうしようもねえやつじゃねえか」

新一のことを後ろから抱きしめたまま、快斗がくすくすと笑う。久しぶりのゆったりとした時間だった。




それから結局だらだらしたりいちゃいちゃしながら時間を過ごしたものだから、連休の二人の予定は結局決まっていないのだ。これは是非特集の内容を参考にさせてもらおうと、新一はクッションを抱きかかえてテレビを見つめる。

『今年の三連休は天気も良い見通しで、外に出かけるのにはうってつけの休日になりそうです! 夏もすっかり過ぎ、過ごしやすいお天気になってきたことですし、例えば家族連れならお弁当を作ってみんなでピクニックなんてどうでしょうか? 東都沿岸部の臨海公園はアクセスも良くておすすめです。周りには大型ショッピングモールや科学館もあるので、一日中楽しむことができますよ!』

晴天の東都の海沿いをリポーターが歩く。どうやら今日は特別仕様で、各お出かけ候補地を中継で繋いでいるようだった。力が入っている。
右上のワイプに映る快斗も目を細めて臨海公園の様子を見ているようだった。
ピクニックか。ありかもしれない。
例えば前の夜からおかずを作って、当日の朝は焼き立てのバゲットを買ってきてサンドイッチの仕上げをしたりして。ふたりで車かバイクに乗って、海風のもと朝食を共にする。いい案ではなかろうか。少なくとも今までのデートではやったことがない。

『さて、それでは次の中継に繋いでみましょう! 杯戸高原牧場の水野さん!』
『はい、こちら杯戸高原牧場の水野です! みなさまゴールデンウィークいかがお過ごしでしょうか? 高原牧場は心地よい風が吹いています、東都の市街地よりも少し涼しいですね』

続いて画面に登場したのは男性のリポーターだ。緑の芝生は先ほどの臨海公園と変わらないけれど、小高い丘の上に立っているのかゆるやかな起伏があった。なにより違うのは背景だ。沿岸ではなく内陸部。青々とした山がリポーターの後ろに連なっている。

『さてさて、私が紹介するのは、そう! 牧場体験とバーベキューです!』

じゃーん、と両手を広げたリポーターを映しながら、中継映像は後ろの牛舎へとピントを移していく。乳搾り体験やバターにソーセージ作り。
家族連れをターゲットにしているようだけれども、食べ盛りの男二人でもアリかもしれないな、と新一が思い始めたところで、画面の向こうから音が聞こえてきた。
じゅう、じゅうと聞こえるその音は、小さくても新一の食欲を煽る。そういえばまだ朝食を取っていなかった。いや、快斗が帰ってきてから二人でと決めてはいるのだが、健全に腹は減っている。
…………にしても、これは有りだな。
透き通るような晴天に、日差しの強すぎない、過ごしやすい気温の高原。東都からのんびりと車を走らせて、高速道路や峠を越えていつもと違う景色を味わって、そして山の空気を吸いながら存分にうまい肉を食う。牧場を選ばなければまだ予約は取れるだろうし、近くにコテージなんかがあれば泊まっていってもよさそうだ。
テレビ画面はバーベキューのリポートに移り変わって、厚切りの肉や牧場産のソーセージがじゅうじゅうと音を立てて焼かれている。ワイプの快斗の瞳もきらりと光り、『うまそー!』という声が聞こえてきた。あいつもお気に召したらしい。そうだと思った。

『それでは次の中継先にカメラを飛ばしてみましょう。東都水族館の、田中さーん!』
『はーいお待たせしました、東都水族館の田中です。みなさまいかがお過ごしでしょうか? 本日は……』
「っ、ふ、ははっ」

テレビを見ながら新一が思わず吹き出したのには理由がある。中継が切り替わる刹那、テレビの向こうから奇妙な声が聞こえたからだ。『ヒッ』とも『ヒェッ』ともつかない引きつった声。十中八九恋人のものであることは間違いない。突然彼の弱点がモニターに大写しになってさぞ慌てふためていることだろう。
ワイプには出てきていないけど、残念だったな快斗、ばっちり聞こえたぞ。大絶叫だけはポーカーフェイスで避けたようなので(というかそんな事態になればもはや放送事故である)、その点だけは褒めてやらなくもない。
いつぞやの大崩壊から見事な復興を経て、東都水族館は元気に営業中だ。日本にひとつしかない二連式観覧車も完全に復旧し、水族館も盛況らしい。あそこで起こった事件を思い起こし、新一は自然と目を細めてしまう。おそらく恋人は大恐慌中だろうけれども。

『東都水族館では現在、世界の大回遊魚展を実施しています! 世界最大級の大水槽に、いろんな海を渡り歩く魚たちが自由気ままに泳いでいます。どうです、気持ちよさそうでしょう!』

蒼に染まる世界のなかに、銀色の体をひからせて泳ぐ魚の群れ。幻想的な世界の中、ダイバースーツに身を包んだ飼育員が水槽の中に飛び込んでいって魚の群れと共に泳ぐーー。そんな光景がテレビ画面いっぱいに広がったものだから新一は苦笑するしかなかった。
うーん、あいつ、いま地獄だろうな。
なにせ快斗の魚嫌いは筋金入りだ。見るのもダメなんて恐れ入る。キッドの現場で遭遇していたら大ポカやらかして逮捕までいっても可笑しくなかっただろうと新一は思っている。むしろあいつと本気で対峙していた頃にその情報を知っていたらーー、いや、まあ、もしもはもしもでしかないのだけれども。
最初は矯正を試みたこともあったが、あまりに改善の兆しが見られないためサジを投げている新一だ。アレはもう、魚類とは相容れない生き物なのだ。たとえウン億年前の人間の祖先が魚類だったとしても。

『この他にもたくさんのキャンペーンを行っています。ぜひ、みなさまいらしてくださいねー!』

リポーターの田中さんが手を振っている。ここで中継は終了かな、と思いきや、またもカメラが切り替わった。メインスタジオではなく、別スタジオのようだった。

『ですがみなさま、まだまだ暑い日も続きます。外ではなくおうちでゆっくり過ごしたいな、という方も多いのではないでしょうか? というわけでここからは、家でのんびりの過ごし方も提案いたします!』

今度はマイクを手に持った女性リポーターの姿が。まったりとした時間をおうちで楽しむべく、煮込み料理の調理器具だったり(赤井さんを思い出したのは内緒だ)、人をダメにするソファや屋内用ハンモックが紹介されてゆく。
なるほどなあ、たしかに。家の中でふたりでゆっくりというのも選択肢としてはありなのかもしれない。家にいるときといったら、ご飯を食べているか、風呂に入っているか、ベッドに入っているか、互いの時間を過ごしているか……のパターンが多い気がする。
決して冷めているとか倦怠期とか、そういうわけではないだろう。けれども、例えて言うならば。互いが空気のようになりすぎて、同じ部屋にいるだけで心地よく思えてしまうものだから、同じ部屋で同じことまでする必要がない、というか。

『さらにおすすめなのがこちらです。この扉の向こうに、そのオススメグッズが! スタジオのみなさん、わかりますか~? 入っていきますよ~!』

そういってガチャリと扉を開けると。

『おぉ……』

そこに広がっていたのは、星空だった。真っ暗に締め切った部屋の中、何百もの小さな光がキラキラと光っている。東都の煌びやかな街の明かりに遮られて見えなくなってしまった星が、人工的であれど、部屋の中いっぱいに光り輝いていた。

『室内用プラネタリウムです! 防水なのでお風呂で使ってもお部屋で使ってもOK! 素敵な音楽をかけて、ロマンティックな時間を過ごされてはいかがでしょう?』

スタジオの感嘆の声と、リポーターの声。画面に広がる朝とは思えぬ幻想的な風景に、新一も思わず目尻を下げていた。
暗闇の中の光をうまく使った演出は、恋人である快斗も得意としていた。シンガポールの夜景のように華やかであったり、星や蛍の光のように儚げなものであったり。かつて空を駆けた白だった男だからこそ身につけた演出なのだろう。
そういえば、最近は快斗のマジックを見ていない。ショーに時たま足を運んだりすることはアレど、家で、新一のためにマジックをする楽しげな顔つきはついぞ見ていなかった。快斗さえよければ強請ってみてもいいかもしれない。きっと素敵な時間になることだろう。

『はーい、別スタジオからは以上です! スタジオの皆様、そして視聴者の皆様。素敵な三連休をお過ごしくださいね!』

女性リポーターの締めの言葉で、カメラはスタジオに戻る。スタジオの出演者は前のめりの姿勢を元に戻して、パチパチと拍手をしていた。テレビの前の新一も同様である。
今までのふたりの休日にはやらないような選択肢を、思いがけずたくさん提案された心地だった。朝日の差し込むホテルの一室で、新一はひとり微笑んだ。

この時間、新一は普段テレビを見ていない。というかテレビ番組自体からずいぶんと遠ざかっていた。情報であれば新聞やインターネットのニュースを見れば事足りるし、新一の場合信頼できる情報源を多く持っている。事件関係や調査であれば周りの刑事たちや博士、灰原、そして恋人に訊いたほうがよほど正確で有益な情報が知れるからだ。
というわけで、普段の新一の朝といえば。恋人がいればゆるやかに起こされて寝起きの珈琲を味わっている時間であるし、恋人がいなければ十中八九まだ寝ている時間だ。テレビの時刻表示を見る。七時三十五分。いや確実に寝てるな。少なくとも三日前と一昨日はまだ夢の中であった。夜更かしの原因は事件の調査であったり、楽しみにしてた小説の読破であったり、まちまちだけれども。
たまにはテレビもいいもんだな、と、少し冷めてきたバリスタの珈琲を口に含みながら思う。

……まあ、本音を言うならば。
隣に恋人がいて、この番組を見ながらあーだこーだ言い合えていれば、最高だったけれど。
けれどもまあ、恋人が出演いなければ、新一がこの番組を見ることもなかっただろうし、言うだけ野暮というものか。テレビの向こうの恋人も笑顔を浮かべてVTRを見ていたのだから、もうそれは一緒に見ていたも同義だろう。

『黒羽さん、如何でしたか?』
『いや~、いろんな過ごし方がありますね! 僕、普段なら新作マジックのことを考えながら過ごすことが多いんで、たまには遊んでみたり、家の中でのんびり過ごしたりもいいかなと思いました。バーベキュー、すごい美味そうでしたしね!』
『途中、悲鳴あげてませんでしたっけ』

MCのアナウンサーにつっこまれて、恋人はぽりぽりと頬を掻く仕草を見せた。

『いやアレ、ドッキリですか? 俺日売テレビに嫌われてます!?』
『いやいやそんなことないですって! 水族館もね、この連休におすすめのスポットですから! 決して黒羽さんのいろんな表情を見たいというものでは』
『ほらー!! そういうこと言うじゃないですか!』

快斗の叫び声に、スタジオはどっと沸く。快斗にとっては非常に残念なことに、黒羽快斗の魚嫌いはメディアやファンにも周知の事実となっていて。彼に密着したドキュメンタリー番組で母親にバラされたのがことの始めではあるのだけれども、メディアの前では優雅でクールなマジシャンの表情を崩していなかった快斗の予想外のリアクションに味を占めた彼らは、それからもちょいちょい快斗に魚攻勢を仕掛けてくる。
快斗は辟易しているだろうけれど、実は魚バレを切っ掛けにプロマジシャン黒羽快斗に親しみを抱く人は急増したらしい。それが現在の、快斗の揺るがぬ人気を支えていると言ってもいい。……さすが元ファントム・レディ、全てお見通しの上で暴露したんだろうな、と新一は密かに思っている。

『今日から三連休ですけれども、どうでしょう、パートナーさんとどこかお出かけされる予定は?』

ちょうど今から一年前のこと、黒羽快斗は工藤新一との同性婚を世間に公表した。その時の反響はものすごいものがあったけれど、表立って批判をされることもなく、世間には温かく受け入れられている。
テレビの向こうの快斗は、MCに水を向けられ、ふわりと笑った。ファン的にはこういう一途を隠さないところがたまらないらしい。そんなもんか。

『幸いにも仕事の予定は入ってないので、僕にも向こうにも』
『じゃあ一緒に過ごせますね』
『ええ、平和な日本に大感謝です。いまも多分、テレビを見てくれているはずで』

おーい新一、見てるかー? と生放送とは思えない呑気な声で、快斗はカメラに向かって手を振った。仕事しろバカ。呆れながら見てるよ。

『ただまあ、普段の僕らといえばそれぞれに重い思いの時間を過ごしてばっかりだったので、実はこの週末の予定も決めていなくて。だから今日の特集はほんとに参考になりました。これから合流して、録画を見ながらふたりで予定を決めようかなと思っています』

にっこりと笑う快斗に、スタジオのどこからともなく拍手が沸きあがる。拍手に応えてありがとうございますと言いながら、手の内から鳩を生まれさせる快斗に、また歓声が上がった。
まったく、あけすけで奔放で、それでいて新一への愛をどんなときも欠かさない旦那様である。新一は呆れながらごろんとベッドに転がった。園子あたりからまた揶揄われるに違いない。
それでもーー悪くないと思うのは、きっと惚れた弱みというやつだろう。ふかふかのベッドの感触を背中に感じながら、快斗の出番が終わるまで、新一はくすくすと笑っていた。




『もしもーし新一、見てた?』
「見てたっつーの。ったくお前、朝っぱらから公共の電波つかって惚気やがって」
『へへー、だって聞かれたなら答えなきゃなんねえだろ』
「サービス精神旺盛なこって」
『今年はベストパートナー賞狙ってっからな』

生放送終了から五分もたたずして、新一の携帯は快斗からの着信を告げた。通話ボタンを押せば、耳から流れ込んでくるのはさっきまでテレビから聞こえていたのと同じ声で。どうやら至極ご機嫌らしい。ベストパートナー賞って、一体こいつは何を目指すつもりなのだろう。

「マジシャンならコンペの優勝狙えってーの」
『主要なコンペは大抵金賞さらってるもんでね?』

電話の向こうからはわずかに風の音が聞こえていた。もう外に出たのだろうか。早いものである。

『で、新一さん。三連休どう過ごしましょうか』
「そうだなー……」

快斗の言葉に、新一はベッドから起き上がって外の景色を見下ろした。
空は澄み渡って晴れている。今日は遠くまで見渡せる良い天気だ。落ち着いた薄い水色のなかに、白く引いたような薄雲。過ごしやすい秋の日である。
テレビで紹介されていたように、外に出かけるのもいいだろう。ふたりで街に繰り出したり、はたまた郊外のスポットに車を走らせたり。けれどもこんな良い天気だからこそ家で過ごすと言うのもアリだ。ベッドのシーツを洗濯したり、布団を天日干ししたりしたら、今日の夜は大層心地いいものになるに違いない。ゆっくりご飯を作って、特等席で快斗のマジックを観ながら過ごすのも良いだろう。
けれど、ひとまず。

「とりあえず朝飯にしようぜ。ルームサービス頼んどくから、はやく帰ってこいよ」

ふたりの休日を始めるには、とにもかくにも快斗がいなければ始まらないから。そう伝えれば、電話口の向こうからは星でも飛びそうなほどに浮かれた声が返ってくる。

『了解しました、ダーリン』

じゃ、すぐ戻るから! そう言って電話は切れる。
おそらくものの十五分もしないうちに快斗は帰ってくるだろう。そしてぎゅうっと抱きしめられて、キスをして、それからふたりで朝食を食べるのだ。快斗の言っていた録画を見るのは家に帰ってからだけれども、生憎ふたりとも記憶力は抜群だ。番組の感想を喋りながら、ああでもないこうでもないと言ってこれからのプランを決めることになるだろう。
もういちど眼下に広がる東都湾を見下ろした。近くで見れば決して綺麗ではない水面だが、陽光を受けてきらきらとさざなみが光っている。米花町の自邸の窓から見るのとはまた違った、東都の朝の風景だった。
さあて、どんな一日になるだろう。パジャマのままルームサービスのメニューに手を伸ばす新一の胸は、今日も変わらずあたたかいもので満たされている。
ホテルへの道のりを目指す快斗もそうであったらいいなと思いながら、新一はふたりぶんの朝食へと思考を巡らせていった。




p.s.
新一くんお誕生日おめでとう!快斗とともに、たくさんの幸せに包まれますように!
今年のGWはみなさんおうちで推しカプを愛でて過ごしましょうね!
 執筆者より