refrain:おがた

 新一は時計に目を向けた。
 ありふれたビルの屋上ではあるが、いくつかの灯りは設けられていていて文字盤を確認するのに支障は感じない。
 午後22時。予告時間だ。
 奴にしては遅めだなとは思うが、怪盗の都合なんてこちらにはわからない。
 予告を受けた美術館からすぐ近くというわけではないが、距離があるというほどでもない。気象予報で確認した風向きから、ここに降り立つだろうと予測した。
 今夜も生中継されている。テレビ局も世間も、犯罪というよりパフォーマンスが催されているという認識なのかもしれない。あいかわらず観客も集まっているだろう。
 ワンセグで見ることもできるが、電池の消費は激しいので避けたいところだ。それに昨今SNSで実況する人はいくらでもいる。スマホを取り出しアプリを立ち上げる。
 犯行そのものは封鎖されて見ることができないにしても5分もすれば。キッドが建物から飛び去ったという報告がいくつもあがる。
 奴との再会の時間まであと少し。
 いや、工藤新一とは再会とは言えないのか。実際に出会ってあれこれ因縁があったのは江戸川コナンの時だから。初対面の挨拶をしてやるべきか。それとも……
 などと考えている新一の耳に、ヒュッと風を切る音が届く。
 頭上を仰げば夜闇に目立つ白い姿。
 やってきた。
 怪盗キッドだ。
 あちらからも新一の姿は見えているだろう。このまま通り過ぎるのか、それとも……
 そのまま空を見ていると、去っていったかに思えた白は弧を描いて戻ってくる。そして高度を下げた。


「おや、珍しいお客様ですね。この場所に何かご用でも?」
「そうだな。おめーと会うって目的がな」
 そう答えてやると、キッドの口の端が上がる。愉快なことがあったとでもいうように。
「それは光栄の至り。もしや私を捉えたいと?」
「そうすんのなら他に人手を置いてるぜ。俺ひとりだけでおめーを捕まえられるなんて思い上がっちゃいねぇよ」
「ではなにゆえ?」
 問われても実は新一にもよくわかっていなかった。コナンから元に戻ってから幾度かキッドの犯行はあった。たまたま今日、予定が空いていてそんな気持ちになったとしか。
「あー……おめーに挨拶してなかったなと」
「挨拶……ですか?」
 いぶかしむ様子が声に出ている。まあそれはそうだろう。他に何か、と瞬時に思考を巡らす。思い至ったのはある意味馬鹿馬鹿しい理由だ。
「コナンが世話になったからな」
 新一の言葉はまたも相手の笑いを誘ったようだ。ククッとこらえられないようにキッドは肩をふるわせている。
「笑うとこかよ」
「いえ、まるであなたが小さな名探偵の保護者でいらっしゃるかのようでしたので」
「っるっせーな。それと、その慇懃無礼な物言いどうにかなんねーか? 背筋がぞわぞわしちまう」
「そう言われましても。私は紳士としてこれが常で
「おめー、もっとくだけたしゃべり方してたじゃねーか」
 コナンの時には、とは続けられなかった。なぜかと考える。
 もし肯定されたならば、新一とコナンとでは相手の態度に違いがあるのを突きつけられるようで。
 5秒か10秒か。ふぅとため息が落ちるのが聞こえた。かすかな音なのに。東都の夜はまだ音があふれているというのに。
「……それもそうだな。オーケー、名探偵。久しぶり。無事に戻れたようでおめでとさん」
 一気にぞんざいになった口調に安堵を感じるなんて。自分は怪盗に何を求めているのだろうかとまた疑問が浮かぶ。
「ああ、サンキュー。おめーには命助けられてっからな」
「ちっさい名探偵、あの身体で無茶ばっかやってたもんなあ」
「仕方ねぇだろ。そうしなきゃ他の奴らが」
「名探偵」
 久しぶりに呼びかけられたそれに、言葉が止まる。
「大きくなったからできることは増えるだろうけど、あん時以上に気をつけてくれよ。でなきゃ俺の心臓が持たねえ」
「心臓? なんでだ?」
「……何やらかすかわかんねぇから心配だってこと」
「なんだよそれ。そっちこそ、俺の保護者じゃねぇんだから」
「……保護者かあ……」
 何か言葉を飲み込んでいるような怪盗に、理由のわからない新一は少し首を傾げる。
「ああもう、そういうとこもだよ、名探偵! コナンの癖が残っちまってんだろ」
「え、なんかしてたか?」
「首傾げるの禁止!」
「はあ?」
「……かわいすぎんだろ」
 もごもごと小声で呟かれた言葉は耳に入ってはきたが、一体何がかわいいというのか。今度は反対側に首をかたむけてしまう。
「ダメだって!」
 いつの間に近づいたのか。キッドは新一の両頬に手をやり、ぐいと顔の角度をまっすぐに戻す。
「なにすんだよ、キッド」
「危険回避だよ!」
 なんだかヤケになったような声音なのは珍しいと思いながら、目の前の相手に視線を向ける。
 かつて何もしなくても新一に化けおおせていた怪盗だ。身長も多分同じ。丁度目線も合う。
 灯りを背にして逆光状態だから、怪盗の顔の子細はわかりづらい。それでもなぜか、彼の瞳ははっきり見えていると感じた。モノクルに隠されていない方の。
 何かを秘めているような。そんな瞳が新一を捉えている。
「……キッド?」
 黙ったままの怪盗に呼びかけてみる。
 その時間はどれくらい続いたのか。5秒か10秒か。それとも数分間か。
 新一にはわからない。
 視線を外さないままで、キッドの両手が新一の頬から外される。
 手袋越しでも感じられた体温に怪盗も人間なのだなとぼんやりと思う。そしてそれが離れていくのに寂しさを……
 自分は今、何を感じた?
「あ、いや、そんな」
「名探偵?」
「な、なんでもねぇ!」
 内心で小さなパニックを起こしたのが伝わったのだろう。怪盗はまた小さく笑って手を伸ばす。新一が認識するよりも早く、手が捕まった。
「名探偵」
「な……なんだ?」
「ひとつ贈らせていただいても?」
 口調が戻ってる、とか、何を?と尋ねる間もなく怪盗の頭が下げられる。
 キッドは新一の手をしっかりと握っているわけではない。やんわりと怪盗の手と重なっているだけと同じくらいな強さだから、意思を持って引けばすぐに取り戻せるだろう。
 けれど新一はそうしなかった。
 胸のあたりまで持ち上げられた手は、手のひらを上に向けた形。そこに寄せられていくキッドの顔。
 何をされているのか理解できないままに、掌にやわらかなものが押し当てられる。熱は感じない。ただ弾力のある柔らかさだけが。これが寒い頃合いであったならば、キッドの体温も感じられたのだろうか。
 体温。
 いや、怪盗が新一に贈ったのは、キス。
 何をされたか自覚した途端に、ぶわりと頬も身体も熱を帯びた。
「それではまたどこかの月の光の下で」
 言葉を残して怪盗は屋上から去っていった。凍ったように、いや、熱暴走したかのように動けない新一を残して。
 怪盗の姿を追いかけられたのは、それから1分はたってからだったか。当然もう飛ぶ姿さえ見つけられなくなっていた。
 新一はフェンスにもたれてぼんやりと夜空を見る。
 キッドはどうしてあんなことを?
 たしかどこにキスするかで意味合いが変わる。恋愛にはポンコツと言われるが、知識はあるのだ。知識は。
 掌は懇願。
 何を新一に求めているのだろう。考えてもわからない。
 次の現場にも行ってやる。そしてはっきりさせるのだ。


 しかし新一の決意がかなえられることはなかった。
 カードは警察とマスコミに届けられた。
 記されていたのは犯行を予告するものではなく、引退宣言ともとれるようなメッセージで。
 騒ぎ立てる世間から怪盗の消息はふつりと途絶えた。
 裏の世界には、どこかの組織がゆらいで結果崩壊したという噂も流れていたが、それとキッドが関係しているのかは新一には確認しようがなかった。自分がもっている伝手のすべてを使っても。
 直接父親の元を訪ねてもみたが、得られるものはなかった。
 そしていつしか新一にとって、キッドのことは記憶の底に沈めるものになっていった。


◇◇◇◇◇

 二次会が始まって30分。
 手持ち無沙汰にグラスに口をつける。飲むというよりも唇を湿らせるに近い。
 最初に注がれたビールは泡も消えてすっかりぬるくなっている。英国には温めて飲むビールもあるが、冷やして飲むためのこれはおいしさの欠片も残っていないだろう。
 ちらりと横に視線を向ける。
 また目が合ってしまった。
 隣にいるのは今夜が初対面の男。ひとつ下の一年生。参加者の誰の知り合いなのか新一は知らない。
 名前はすぐに覚えた。
 黒羽。
 今日の飲み会が始まってから、彼はずっと新一の隣に座らされている。
「なあ、黒羽クン。俺の隣でつまんなくねぇか?」
「そんなことないですよ。むしろ静かに過ごせてありがたいくらいです」
 こっそりと、周囲には聞こえなさそうなくらいに小さい声で返事がくる。
「そうか? ならいいけど」
 彼は一年生。つまりは未成年だからか、飲んでいるのはソフトドリンクらしく、アピールなのかコーラの空き瓶がグラスのそばにおかれている。その昔は大学生であれば未成年でも、という風潮があったらしいが大学からも厳しいお達しが出ている。特に店舗では。
 なんでこうしてるんだっけと、新一は記憶を掘り返す。思い出せないほどには呑んでない筈。


 授業が終わって声をかけてきたのは、先日レポート提出で世話になった同級生だった。
「工藤! 今日予定あいてないか?」
「木村? なんだ急に。相談か? 事件か?」
「ちげえって。こないだレポート一緒に出した借り、返してくれ」
「それと俺の予定と何が?」
「今日飲み会あるんだけど、風邪ひいて欠席する奴が出ちまって。頼む、出てくれ」
「飲み会なあ……」
「工藤なら半額でいい」
 おいしい話には裏があるのは重々わかる。
「俺、割と呑むぜ。親父に鍛えられたから」
「工藤、あまり飲み会出ないけど、そんときちょっとしか呑まないって聞いてるぞ」
 牽制をかけてみるも、相手もきちんと情報は得ていたようだ。両親とも酒に強いのもあって、そこそこ呑めるのは本当だが、あの薬で元に戻ってからは量を過ごさないようにと灰原に言い渡されている。
「目的をはっきりさせておいてくれ。欠員埋めるのに誰でもいいなら、他にも声かける奴いるだろ」
 じいっと目を見てやると、相手は観念したように肩をすくめた。
「ひとつ。工藤が参加する飲み会は珍しいから来たがる女子が多い」
「なるほど」
 それは予想の範囲内だ。モテているのか微妙だが女性に興味は持たれやすいと思う。
「他にあるのか?」
「一年生でさ、なんとなく工藤に似てるって奴がいるんだよ。そいつと工藤を合わせてみたいって言い出してる子がいて」
「似てる?」
「なんとなくだよ、なんとなく。だから並べて見てみたいんだってさ」
「ふうん……」
 子ってことは女子か。多分木村が親しいのか親しくしたいってところか。彼らの好奇心を満たす手伝いはどうでもいいが、自分に似ている存在というのは見てみたくもある。
 高校生時代(というかコナンの時)自分そっくりの相手に出会っている。
 世界には自分に似た人間が三人いるというが、野球少年、剣道小僧、そして白い怪盗の素顔らしきもの。すでに席は埋まっている。さらにこれが増えるのか。母親似と言われるこの顔がいくつもあるとは。
 興味のわいた新一は、仕方ないという態度をつけて承諾した。
 餌というだけはあって、最初の自己紹介の時には男女交互に座っていたのだが、黒羽を紹介されて並ばされたあとに、どうしたものか卓の端に席が移っていた。
 隣には黒羽。そしてその隣には木村。新一の向かいの席も男だ。誰の采配なのか、新一に気づかせないまま動かすとは見事なものだと心の中で賞賛を送った。


 一次会はつつがなく終了し、そのまま次の店へと流れることに。すでに予約はしてあるらしく、どうしたことか新一も参加することにしたのはどうしてだったか。
 二次会では最初から隔離態勢に置かれた。
 それでも勇者はいるもので。少し離れた場所から新一に話しかけてきた。
「工藤さんていろいろな事件を解決しているのよね。高校生の頃はよく新聞とかに載ってましたよね。最近解決してものは?」
「殺人事件が多いし、守秘義務があるんでそれはちょっと。事件というなら、ホームズの最初の短編集で……」
 これならばミステリーの話題だからと得々と話していると、いつのまにか返事がなくなった。気づけば彼女はいつの間にか他のひとと盛り上がっていた。
「ん?」
 ふ、とこらえ損ねた笑い声をもらしたのは隣の下級生。
「黒羽ぁ?」
「工藤サン、黙ってればすごくモテそうなのに」
「何気に失礼だな、黒羽クンは」
「正直者なのが取り柄です」
 広い世の中、新一の話にくいつくホームズフリークの女子も必ずいる筈。まだ出会えてないだけで。つまりこれまで女子にウケの悪い話題であったことは確かだ。かつて両思いだった彼女でも、聞いてくれてはいたが時々注意してきたくらだから。
「よし、では正直者の黒羽クンに、ホームズをレクチャーしてやる」
「あー、俺、ホームズよりルパン派なんです」
「そこは同じく探偵を出すとこじゃねぇの? 俺の友達だとクイーンって言ってたぜ」
「フランスにちょっと縁があるもんで」
「ふーん。フランスかあ。ポワロはベルギー人だし、メグレ警視とか……」
 その名前を口にした時、捜査一課の警部が浮かんだのは仕方ないことかもしれない。
「ルパンっていえば、前に世間を騒がせてた怪盗っていたじゃん。えっと、ほら、キッド!」
 自分たちの会話をひろってか、突然木村がそんなことを言い出す。
「怪盗キッドかあ、なつかしいな。そういや工藤さんはキッドの現場に行ったことあります?」
 黒羽に突然そんなことを聞かれて、思わずグラスが揺れる。幸いにして中身がこぼれることはなかったが。
「……いや、俺は一課に呼ばれるからそっちは」
 公的にはない。新一としては、一年前のあの一度だけだ。
 気軽に違いに挨拶して、そしてあいつは……
 突然、あの時の感情が新一の中によみがえる。封印されていたものが解き放たれたかのように。
 掌に贈られたキスと、怪盗の唇の感触も。
 ぶわりと顔が赤くなるのがわかった。
「工藤サン? 大丈夫? 酔いました?」
「い、いやこれは」
「木村さん、工藤さん急に酔いが回ってきたみたいで。俺もそろそろお暇しようと思ってたんで、駅まで送りますね」
「俺は……」
 どう否定しようかとあわあわしているうちに、黒羽に鞄も持たれて立ち上がらされる。気づいた時には店を出ていた。
「ほんとに大丈夫だって。ちょっと思い出したことがあって」
「すごい真っ赤だったですよ。よほど恥ずかしいことだったんですかね」
「黙秘する。ああ、でも早めに出れたのは助かった。ありがとう」
「こちらこそ。飲めない者がいても盛り上がらないでしょうし。そうだ、よかったらコーヒー飲んでいきません?」
 彼の指さす先にはありふれたチェーンのカフェがあった。


「お待たせです」
 テーブルに置かれたのはフラペチーノ。ホイップクリームの上に乗っているのはチョコチップとココアパウダーか? 新一も甘いものが苦手というわけではないが、パフェにしか見えないこれをドリンクと呼ぶのはちょっと納得がいかない。
「これ、工藤サンに注文できます?」
 なんとなくからかい気味なのは、レジに並んだ時に彼の分まで注文しようとしてやりとりがあったからだ。たしかにこれは一度聞いただけでは覚えきれないかもしれない。
「……甘そうだな」
「俺、チョコ好きなんですよ」
 クリームもチョコもみるみる減っていく。幸せそうな笑顔とともに。
 思わずそれを眺めてしまった新一は、はっとして鞄から財布を取り出す。
「いくらだった?」
 トッピング込みの価格だ。聞く方が早い。早めに飲み会から出られたお礼も兼ねて奢ろうと考えていた。彼がそんなつもりで誘ったわけでないにしても。
「いいですって」
「気持ちだから」
「俺が年下だからって考えてません?」
 そういう理由もなくはない。
「じゃあ工藤サンには教えときますね。俺、1年ブランクあるんで、工藤サンと同い年」
「え?」
「未成年ってことにしといとくと呑まされないかなって」
 ヒミツ、のジェスチャーで人差し指を唇に当てる仕草は、なぜか怪盗を思い出させた。キッドがそういう仕草をしたのを見たことはないと思うのだけど。
 怪盗自身が秘密の存在であるからか。
「工藤サン、何考えてるの?」
「何って」
「また、頬、赤いですよ」
 あわてて自分で触れてみれば、確かに熱をもっている。
「なんで……」
「ねえ、工藤サン。さっきは否定してたけど、ほんとは怪盗キッドに会ったことあるんじゃないですか?」
「どうして」
「だって、キッドの話になった時に顔真っ赤にしてるんですもん。怒ってる感じじゃないし」
「そ、それがなんで会ったことになるんだよ」
「キッドは夢を振りまく存在じゃないですかねえ。だから工藤さんもぼーっとしちゃってるのかなって」
「あ、あんなコソ泥のどこが!」
「工藤サン、声大きいよ。そんで顔全部真っ赤」
 我を忘れて声を荒げるなんて失態だと、新一は頭を抱えてテーブルに突っ伏す。幸い店内に座るひとはまばらで、都会らしくすぐにこちらへの興味は薄れたようで視線などは突き刺さってこなかった。
「工藤サン、終始冷静だと思ってたけど、うろたえることもあるんだね」
 くすくす笑われている。顔はまだ上げられない。
「ちょっと失礼」
 頭を抱える手にそっと触れる指先。黒羽のものだろう。
 本気で押さえているわけではないから、簡単に片方の手が外される。そうして、少しひねられて掌が上を向く。
 彼は一体何を?
 そしてそこに触れたもの。
 柔らかく、覚えのある感触。
 口づけられた?
 離された手にすぐに顔を上げる。
「く、くろば……!?」
 無邪気な笑顔の黒羽は立ち上がっていた。
「またね」
 そんな言葉を残して去る黒羽を、新一は呆然と見ていた。
「あれは……あの感触は、あの夜のと……」
 誰がやっても同じなのかもしれない。これまでそうされる機会はなかったから判別はできないだろう。
 けれど新一には、あの夜と今夜と、与えられたものが同じだと感じていた。
 落ち着け。落ち着け、と新一は大きく深呼吸する。
 消えた怪盗。
 時間がたって姿を現した存在。黒羽。
 黒羽が大学入学に1年のブランクを必要としたのはなぜか?
 与えられた情報は一方的で偏りがある。けれどもなぜか新一が出した答えはひとつ。
いや、そうであって欲しいとの願望が入っているのかもしれない。
 彼が、黒羽がキッドであると。
 そして焦りを感じる。もしかしたら彼はまた姿を消すのではと。
 新一は慌てて立ち上がる。もう遅いかもしれない、けれどもまだ間に合うかもしれない。すぐに動き出せば。
 まだ半分残っているが捨てさせてもらおうとカップを持ち上げると、なぜかそこに折りたたまれた紙片があるのに気づく。勿論、新一がカップを置いた時にあったものではない。コースターかわりにできるほど大きいものでもない。
 開いてみれば、そこにあるのは11桁の数字。少しだけにじんでいたが、油性インクなのかまだ読むことはできる。
 もしかしてこれは、彼の携帯番号?
 違うかもしれない。ただのいたずらかもしれない。
 それでも。
 新一は賭けてみたかった。
 1年もの間完全に消息を掴ませなかった彼が、なぜこうやって新一に近づいてきたのか。そう、もしかしたら今日の飲み会を計画したのも彼の采配だったのかもしれない。
 ならば、乗ってやろうじゃないか。
 新一の心を乱した理由をはっきりとさせてもらおう。
 電話を立ち上げ番号をタップする。
 2コールでつながった。
「はい」
 名乗らないがこの声は彼だ。
「黒羽? あのな……」


 そこから始まるふたりの話は、この先ずっと、長く、たくさんの思い出が紡がれていくのだった。