ああ、どうしよう。頭の天辺から爪の先までじんじんと痺れのような緊張が纏わりつく。こんなつもりじゃなかった。こんなことになるなんて、考えたことさえなかったんだ。
頭の中が灼けるように熱い。まさか酔っているのだろうか。否、そんな筈はない。けれど酔っているとしたら、そう、それは恋という感情に。――なんて、自分の青い思考に内心苦笑する。
でも仕方ないだろう、だってもう、名探偵のことしか考えられない。
真実を見通す青の瞳は今、薄い瞼に覆われている。形のいい唇からは規則的な寝息が零れ、快斗の頬にその温度を伝えるとぞくりと背筋が震えた。
ああ、もう。
――どうにかなってしまいそうだ。
***
その夜、黒羽快斗は馴染みの友人達と賑やかに飲んで食べて語ってと大層楽しく過ごしていた。
場所は工藤邸。メンバーは工藤、服部、白馬、黒羽の四人。東都大学の同期である探偵達とは講義や昼食を共にすることが多く、大学生活の半分を過ぎた三回生の今となってはこの面子で顔を揃えるのも最早当たり前になっていた。
「ん……」
意識が浮上し、瞼を持ち上げる。いつの間にかテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたようだ。テーブルの上には空になった皿やワイングラス、食べかけのつまみの袋や酒缶で埋め尽くされている。
瞬きをするより先に昨晩の記憶が鮮明に蘇った。警部に呼ばれて謎を解き明かした工藤に会ったのが夕刻。一緒にメシにしようと快斗が誘い工藤邸の慣れたキッチンでクリームパスタやアヒージョをつくったのが七時過ぎ。アプリのグループメッセージに流した料理画像を見て白ワイン片手に研究室帰りの白馬が合流したのが八時。僕の分は、としれっと宣う男に加えて「つまみが欲しい」と家主の息子まで声を上げるものだから彼らの為にアスパラのベーコン巻きとチーズを焼いただけのチップスをつくった。ワインと共に並んだその画像もグループメッセージにポンと投げれば「何ひとがおらん間に楽しそうなことしとんねん」と居酒屋バイト帰りの服部が缶ビールとお菓子を袋に下げて駆け込んできたのが日付の変わり目。
あっちでホームズトーク、こっちで大学教授の話、飛び交う会話に笑い声。
最初にその輪を抜けたのは白馬だった。これは毎度のことなのだが、工藤邸で集まるとき白馬は決まって客室を借りて健やかにベッドで眠る。流石はお坊ちゃん、その辺で眠るのは嫌らしい。その後は三人で飲んでいたのだが、地鳴りのような低い音に釣られるようにしてちらりとテーブルの下を伺えば服部が倒れているのが見えた。豪快ないびきさえなければ立派な殺人現場だな、ときっと工藤も思うに違いないことを心の中でひっそりと呟きほくそ笑んだ。
さてその工藤は、と脳裏に浮かんだばかりの男の姿を探すも飲み会の会場となったリビングにその姿は見当たらない。
(そういえば、工藤がトイレに立ってから帰ったところを見ていないな)
回転の速いこの頭はワインをかぱかぱ飲み心地良さに浸っても尚記憶が混濁するようなことはない。以前四人で酒の強さを競い合った際最終的に工藤との一騎打ちになったこともある。
その時は酒が尽きてしまった為勝負は保留となったのだけれど、お互いもう一度と声を上げることはなかった。単純に酒代が相当かかるからというのもあるけれど、それ以上に工藤は気づいていた。その無意味さを。
幾度となく闇を切り裂いて睨みつけてきた瞳と同じ鋭さで、酔いの孕んだ瞳は快斗を貫いたのだ。
――オメー、酔ってねえな。
「工藤?」
扉を二回控えめに叩くもそこにあるのは静寂だけ。入るぜ、と聞く人間なんていないであろうことを承知の上で小さく零しそっと扉を開いた。
友好を築くうちに入り慣れた彼の私室は薄闇に覆われている。カーテンの外ではもう朝陽が昇っているらしく、薄暗くも部屋の様子が見て取れた。
少し散らかった部屋の奥、ほんのりと照らされたベッドの上では工藤がうつ伏せになって眠っている。工藤も随分飲んでいたから戻る先を勘違いしたのかただ単に寝ようとしたのか。工藤の性格を思うとどちらもあり得るなと考えながら音を立てずに扉を閉めると、カーテンを薄く開き気配を殺してベッドの傍に腰を下ろした。
部屋の時計は五時を回っている。早朝の白んだ光を忍ばせた部屋の中、快斗の視線の先では規則的な呼吸を唇から零す青年の輪郭がくっきりと浮かんでいた。
工藤新一。
かつては高校生探偵、そして今も尚日本警察の救世主と謳われ事件の謎を解き続ける男。
その男と、二年前初めて顔を合わせた。
稲妻が落ちるかのような衝撃と感動を、快斗は覚えている。
ずっと前から知っていた男だった。初めての接触は時計台。それから彼について調べ上げ、妙な小さい探偵が彼だと知ってからはその姿を借りることも一度や二度のことではない。
『工藤新一』になる為に快斗は彼を研究した。彼の容姿、立ち振る舞い――元からそっくりな見た目はともかく演じる上で注目したのは彼自身となる江戸川コナンだ。猫を被っていない時の彼の発言や振る舞いから凡その見当はつく。そうやってじっくりと観察して、工藤新一になって、江戸川コナンと対峙していたからこそきっと自分の中で彼らは――彼は、特別だった。
その男とついに会えたのだ。興奮しない訳がない。
かつて大怪盗として名を馳せていた男が消えたのは三年以上も前のこと。役目を終えた怪盗は真っ白なスーツを脱いで、マジックを愛するただの人間に、黒羽快斗に戻った。同様に小さな名探偵も自身の重い荷を下ろしたようで、互いの健闘を祝うように薔薇を差し出し会いに行ったのが大学の入学式でのことだった。
笑う快斗に、彼が目をまんまるに開いた後顔を歪めたのを覚えている。俺が暴きたかったのに、テメエからバラすんじゃねえよ――なんて悔しそうに舌打ちをするものだからつい吹き出してしまった。
けれど交わした握手は熱く、強い眼差しは出会った頃から変わらずに快斗を捕らえて離さない。
高鳴る心臓。平穏な日常が厄介で楽しい日々に塗り替えられるに違いないという確信、希望。
斯くして快斗の愉快な未来は守られた。
工藤新一といるのは楽しい。話し掛ける度に「何故キッドがわざわざ寄ってくるんだ」「またお前か」なんて声が聞こえてきそうな不審な顔はするけれど決して拒みはしない。やがては快斗が隣にあり続けることも工藤邸に入り浸ることも許容してくれた。その居心地の良さを、きっと互いに感じている。
それはふたりが怪盗と探偵という敵対する関係にありながら、最高の好敵手だったことも大きいのだと快斗は自負している。
そして当たり前のように工藤の近くにいる服部とは自然と顔を合わせるし、引き続き同じ学び舎の学徒となってしまった白馬にしてもそう。意図せずとも気づけば四人で固まることが増えた。
探偵三人に元怪盗、もといマジックの得意な男がひとり。注目を集めない訳がない。しかしこの面子が顔を揃えれば飛び交う会話は近寄りがたいような高度なそれだったりするもので、服部や快斗が気さくで話しかけやすいと評される割に四人でいると遠巻きにされることも少なくはない。というか、きっと圧があるのだろう。輪の内側にいる快斗ではあるが近寄りづらさは分かるものがある。何せ彼らは仲も良いのだ。
事件吸引体質である工藤を中心に探偵が三人もいるとなれば、快斗がそれに巻き込まれるのもまた自然の摂理というもので。巻き込まれる度にまたかよと天を仰ぐもその生活は快斗を飽きさせなかった。
(……なげえ睫毛)
すらりと瞼の縁から伸びた睫毛は滑らかな肌に影を落とす。呼吸が乱れることはない。
服部は面白いし良い奴だ。白馬も面倒臭いところはあるが服部とはまた違った面白さがある。彼らと過ごす大学生活は決して悪いものではなく、むしろ好感の持てるものだった。
それでも快斗には、『名探偵とその他』という括りでしかなかった。
(癖のない黒髪。すっと伸びた鼻筋。男らしいけど、綺麗な首筋)
音には出さず心の内で呟きながら辿っていく。
工藤に興味があった。きっと、その一言に尽きるのだろう。本来であれば怪盗業から足を洗った時点で二度と会うことのない男だった。
現行犯でなければ捕らえるつもりはないと言っていた優しい名探偵。それは裏を返せば今後一切追いかけてくることはないということで。
それは、何だか、嫌だった。
寂しがりでもましてやマゾヒストでもないが、彼との関係を断つのが惜しくなってしまった。本当は正体を明かすつもりなんてなかったけれど、気がつけば高鳴る鼓動に背中を押されるようにして深い海のような瞳を引き留めていた。
友人、ではない。この男との関係はそんな薄っぺらい言葉で言い表せる代物ではない。
かといって親友かと問われればそれは違うと首を横に振るしかない。研究室は異なるとはいえ同じ学部であり毎日のように一緒にいるふたりをそう評する人間は決して少なくはなかったけれど、快斗にしてみればその言葉は違和感以外の何ものでもないからだ。
(いつでも工藤の隣にはいたいけど、それだけだし。それを言うなら服部の方が俺より余程親友らしい)
工藤新一は、工藤新一。それ以外言いようがなかった。
対等で、俺だけの――。
俺だけ、の……?
「ん……」
上擦った声にぴくりと眉毛を動かす。起きただろうかとじっと見つめるも、顔の筋肉はすぐに緩み再び規則的な寝息を立て始めた。
(よく眠ること)
ふ、と唇を綻ばせ滑らかな髪の毛を優しく梳く。
工藤の髪に触れるのが好きだ。お互い雨に打たれながら工藤邸に駆け込んだときには交代でシャワーを浴びた後に工藤の髪を乾かしてやったっけ。普段警戒心は強い癖に、内側に取り込んだ人間には甘いということを果たして自覚しているのだろうか。快斗に背を預け、まるで子供みたいにされるがまま世話をされて。うとうとと気持ちよさそうに船を漕ぐ工藤の顔を覗き見ては幸福に似た気持ちでドライヤーを握っていた。
料理だってそう。工藤は快斗がつくった食事を何でも美味しそうに平らげる。見た目の印象より余程よく食べるこの男は、大きく口を開ける割に育ちの良さが幸いしてか食事を取る様は綺麗だった。
だからだろうか。工藤に食べさせるのが楽しい。自分がつくった料理が工藤の口の中に消えていく様を眺めるのが好きだ。かつて敵対していた男がつくったものを、工藤は何の疑いもなく目尻を緩めて頬張り、咀嚼し、胃に流し込む。そうして、それが工藤をつくる糧となる。
そう思うとぞくぞくする。言ったら引かれそうなのは目に見えているから言わないけれど。料理がお好きなんですね、といつだか白馬が言っていたがそれは違う。自分がつくったものを工藤に食べさせるのが好きなのだ。
そんなことを考えていたせいか、視線は自然と唇へと向かった。薄いけれど柔らかそうな唇。いくら顔が似ているとはいえ印象が異なるせいか同じ顔だとは思えない。
そっと、人差し指の腹で薄く色づいた花びらのような唇に触れた。指先に吐息がかかり、その温かさにはっとする。
「……名探偵、」
ぎしり、ベッドが軋む。工藤の顔に自らの影が落ちた。
黒羽快斗として工藤新一と話してみたい。親しくなりたい。友人になりたい。
そう、願っていた筈だった。工藤新一に出会う前、その後だって。
『友人』では物足りなくなったのはいつからだったろう。いつだって足りない気がしている。この器はこんなにも工藤新一を求めているのに、それを成し得ているのに、いつまで経っても満足しきることはなかった。
頬を寄せると工藤の体温を感じるようだった。空気が淡くぴりぴりと肌を焦らす。定期的に零れる工藤の吐息が柔らかく肌に触れて、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
これ以上、どうやったら満たされるのだろう。居心地がいい、というのはきっとふたりの間では意味合いが異なる。工藤にとっての快斗は精々便利で空気のような存在でしかないとさえ思える。
それでいいと思っていた。工藤がどう思っていようが関係ない。快斗は、工藤の傍にいられたらそれでいいのだから。
なのに、何故だろう。
全然、足りない。
「かいと……」
心臓が破裂するかと思った。
全身の血が熱く巡る。唇を震わせて視線だけで眼前の男を見やればその双眸は固く閉じられたまま。
――なんだ、寝言か。ほう、と小さく吐息を零すもそう落ち着いてもいられない。
(今、快斗って)
ぶわりと顔が熱く染まる。いや、別の何かを言い掛けただけかもしれない。快斗なんて一度も呼ばれたことはないし、怪盗、かもしれないし。
(怪盗でも心臓に悪い……)
何の夢を見ているんだ名探偵。その謎を俺には明かしてくれないのか。
でも、分かったことがある。
ずっと解けなかった謎。探偵ではないけれど、その正体がようやく分かった気がする。
名前を呼ばれるのが嬉しい。快斗と、名前で呼ばれたい。呼びたい。
「……新一」
小さく呟いたその言葉は舌の先に馴染んで甘い余韻を残す。ふるり、唇を震わせて膨れ上がる何とも言えない感情を押し隠した。
彼のすべてが欲しい。どこまでも真っ直ぐな心も、真実を求めて走る身体も、すべて自分のものにしたい。
こんなに強欲で狂暴な想いを初めて知った。
これが、恋なのか。
――……ああ、どうしよう。
快斗にとって酒は水と大差ない。
そう言ってもいい位にはアルコールに強かった。良い酒は美味しいし心地良くもなれる。だけどそれだけだ。服部が寝落ちるのと殆ど同じタイミングで少しだけ眠ってしまったのだって酒のせいではなく単純に前日の睡眠不足が故。
どれだけ強い酒を飲んでも快斗が言動を乱すことはない。そんな快斗が酔った振りをするのは最早身体に馴染んだものだった。顔を赤くしてみせるのも、呂律が回らない振りをするのも、場の空気を乱さず自らをも騙して楽しむ為に必要なことだった。
そんな快斗を、工藤だけは見抜いていた。
ぞくりとした。あの研ぎ澄まされた青眼に射抜かれる恐ろしさ。興奮。それは夜に飛んでいた頃に幾度となく浴びていたもの。
だからこの男は堪らないのだ。
手放せない、そう思った。ずっと追われていたい。その眩く強い青に見つめられていたい。
それが、恋情へと変わるだなんて。
一度自覚するともう駄目だった。気づかなかった頃が嘘のように、心も身体も呆れる程彼を求めているのが分かる。
ふたりを繋ぐ距離は掌の長さより短い。もっと近づきたい、そう願うように自然と顔を寄せていく。
唇に彼の吐息がかかった。肌が粟立ちその甘さに眩暈を起こす。
もう、耐えられそうにない。
キスが、したい。
工藤新一の熱に触れるまで残すはひと呼吸。引き寄せられるように触れる直前のことだった。
熱を持った紫紺がきゅっと鋭くなる。そうして快斗の唇はゆっくりと沈むように枕元へと落ちた。
「工藤……オメー、起きてるな?」
そう彼の耳元に低く囁けば、漆黒の睫毛がびくりと震える。それが答えだった。
快斗がここへ来たとき、寝言を零したとき、工藤は間違いなく眠っていた。その規則的だった寝息に感じた乱れはほんの僅か。それは彼が眠っているふりをしていたことに他ならない。
「……やっぱり黒羽か」
その言葉にぴくりと眉を動かす。顔を離せば、青の双眸を覗かせた工藤が溜息まじりについと身体ごとそっぽを向いた。
「おはよう、工藤。どうして俺だと分かった?」
「バーロ、俺がオメーの気配を間違う訳ねえだろ」
「待って……心臓に悪い……」
今それ言うの、と胸を押さえて呼吸を整えた。工藤は時々無自覚でとんでもないことを口走ることがあるが、恋を自覚した今となっては歓びという暴力を受けている気分だ。
「狸寝入りだなんて性格悪いぜ新チャン。俺が見抜けないとでも?」
「仕方ねえだろ、起きるに起きられなかったんだから」
「はは、何それ……」
そこにいる相手が快斗だと気づいて。
起きるに起きられない、それは、快斗の行動に気がついたから?
「……工藤?」
工藤は相変わらず快斗がいる方とは反対側の壁に身体を向けたまま。小鳥の囀りと共に柔らかな淡い光が室内を照らしていく。
浮かび上がるは、熟れたように赤い耳と項。
は、と詰めていた吐息が零れた。どくん、どくんと心臓が脈打つ。体温が再び上昇する。
「なあ、工藤……こっち向いて」
肩を掴み「おねがい」と縋りながら力を込めれば、観念したのかしかめっ面が上体を起こす。カーテンの隙間から漏れた光を淡く受けた肌は鮮明に頬の火照りを伝えていた。
「キスされるって、分かってて寝たふりしてた?」
「……違う」
「違わねえよな。工藤は、黒羽快斗にキスされるって分かってて止めようとしなかった。つまり、そうされることを望んだってことだろ?」
「違えよ! 望んだ訳じゃねえ。ただ、」
「ただ?」
水分を纏った青が揺れる。顔を顰めているのは苛立ちか、それとも照れ隠しか。きつく寄せられていた眉間は溜息と共に開かれた。
「様子を、見ていただけだ。オメーが何をするつもりなのか、その先を知りたかった。……それだけだ」
青の双眸が、快斗を見つめている。快斗の心を裸にするように今も尚真実を追い求めている。それは単なる言い訳ではなく、言葉のまま、好奇心が為なのだという事実を突きつけてくる。
好奇心の塊。暴きたがり。それは、どこまでも快斗の知る工藤新一そのものだ。
「いいぜ、じっくり教えてやるよ」
ベッドの端に膝を乗せればぎしりと沈み、工藤の滑らかな頬に指を滑らせれば顔の筋肉が強張るのが伝わる。
しかし工藤は引こうとはしなかった。これから行われる行為を予感した頬は僅かに紅潮したまま、何かを探るような瞳でじっと見上げてくる。そこに色めいた意図はないだろうに、まるで強請られているようだと熱い吐息が零れた。
「でも心配だなあ名探偵。そんな風じゃ服部とか別の奴が相手でもほいほいキスしちゃうのかよ。オメーの貞操観念大丈夫か?」
「は? 何言ってんだ、服部となんて気色わりい」
いやそうだろうけど、その発言はちょっと服部が可哀想だ。なんて苦笑いを浮かべ、すぐに唇を引き結んだ。
――それは、つまり、快斗だけは許されているということで。
すり、と工藤の頬に触れていた快斗の掌に工藤が猫のように顔を押し付けてくる。閉じていた瞳がぱちりと開けば大きな青が真っ直ぐに快斗を見上げた。どきりと心臓が強く鼓動する。目が、離せない。
「工藤……自分が何言ってるか、分かってんのか?」
力強い瞳は揺れることなく今も尚快斗を捕らえ続ける。
勿論、と唇がゆっくりと動くのを快斗は熱に侵されたような気持ちで見つめていた。
何故だろう。これから食べようとしているのは快斗の筈なのに、まるでそう誘われているような気がした。
くろば、と工藤の薄く色づいた唇が動く。
「オメーのせいで心臓が煩くて敵わねえんだよ。……責任、取ってくれるんだろうな」
耳まで染めた赤の中、深い青が耐えるように睨みつけてくる。そのいじらしさに思わず咽喉が鳴った。そうしてくしゃりと破顔する。
なんて可愛いのだろう。なんて愛おしいのだろう。
「喜んで。俺の愛を受け取ってくれよ、新一」
唇が触れるまであと一秒。
熱が溶け合うのは、もう目前だ。